分析家の独り言448 (知ること、心と体、腰痛)

「体は心のモニターである」、という。

はじめに心有りき。

心が肉体に症状として影響する。

よくあるのは、不登校児が学校に行きたくない。

すると実際にお腹が痛くなったり、熱が出たりする。

「じゃあ、今日は学校をお休みしようね」と親に言われると、痛みや熱が取れる。


私もいろいろ身体化することがあった。

精神分析を受け、理論も学びつつ自分を振り返る。

分析は、インテグレーターとの面談の時だけでなく、分析と分析の間にも自分でいろいろ思い気づくことがある。

分析場面で母・父を語り、どういう自分であったかを認識していく。

両親とのとんでもない様々なエピソードが思い出され、如何に自分が傷付き、支配され、主体性を奪われたかがわかってくる。

それにも関わらず、また親と同じことを我が子にしていた自分。

そのことに気付いて、自分の代で書き換えていく。

同時に、本来の母性とは何かを理論や分析を通して知っていった。

そんな中で、ある時ふと「自分には、本当の意味でのあるべき母も父も居なかったんだ」と思った。

私をこの世に生み出した親は居るが、母性と父性を持った親は居なかった。

散々分析で語りながら、わかっていたはずではあったが、この時私の中にしっかりと入った。

途端、腰痛が始まった。

歩くにも、椅子に座る時も、腰を動かすたびに「あ痛たた・・・」となる。

腰痛のもとには抑うつ気分、不安がある。

本来受けるべき両親からの親らしいものをもらっていない。

なんと悲しいことか。

わかっていたはずなのに、それを受け入れることはつ辛く、最後の最後もう一歩というところで抵抗していた。

しかし、もう抵抗しきれず、何気ない日常の中でふと浮かんだこの「自分には両親は居なかった」がストンと落ちた。

分析を受け始めた初期には、度々腰痛になることがあった。

いったん腰痛になると、1~2ヶ月続いた。

この時も、またどれくらいこの腰痛に苦しむのかと思った。

しかし、意外にも一晩寝て次の朝には消えていた。

ホッとするとともに、これでしっかり自分の中に統合できたことがわかった。

悲しい自分は認めたくない、自分ではないとして、自分から切り離しておきたい。

これが防衛である。

人は、せめて一つくらい親に受け入れられたと思える可能性を探したい。

しかし、無いと自覚するところから次が生まれる。

無いからこそ、自分は正しい母性・父性を知って、子どもに人にクライアントに対応する。

一度更地にして、そこから新たに自分を構築していく。

お化け屋敷の上にいくら立派な建物を建てても、土台が腐り病んでいるため、いつ倒れるかわからない。

しかしまた、この本当の自分を知ること、更地にすることは、自我の死の意味し、散々主体を殺されて来た者にとっては恐ろしいことになる。

その恐怖を乗り越えて自分を変容させていく、その支えとなるのがクライアントにとってはインテグレーターである。


そして、体は正直である。


      インテグレーター(精神分析家) 安朋一実


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